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人間には寿命がある。 しかし、誰しも若い時には自分が死ぬなんて事は考えもしない。 私もそうだったし、これを読んで下さる殆どの方がそう思って生きてこられたのではないだろうか? これは、オーディオ機器についても言える事だと思うのだが、家電製品は別として、少なくともオーディオ機器に関しては、どれくらい使えれば良いといった様な寿命を考えて作られてはいない。いや、私がそうであって欲しいと思うだけかも知れないが……。 もう35年以上も前の話になるが、私は現在の商売を始めるきっかけとなる人と出会った。自宅から車で1時間程度の呉市にお住まいのI氏は、当時50歳前後であったし病弱だったから今はもう他界されているのではないかと思う。 私が、何故今更この様な事を書く気になったのか? それは、私が当時の氏の年齢に達したからに他ならない。 電波少年であった私は、アマチュア無線が趣味で年中海外との交信を楽しんでいた。(英語は解らないけど専門用語だけなので何とかなっていた) ノイズに埋もれた人の声を必死で探り、100カ国くらいと交信していたのではないだろうか? それが高じて、前の職業のジャンク屋へ務める事になったのだが、そこで氏と出会った事が私の人生を大きく変えたのである。 米軍関係の通信機などから取り外した部品を手に取り、それが何故良いのか?を目を輝かせて語られる氏に誘われ軽い気持ちで自宅に伺ったのだが、そこで、私は度肝を抜かれたのだ。 全て手作りのオーディオ機器から出るその音は、私の耳に恐ろしく心地良く響いた。当時の職場にはオーディオ店も併設していたから、高級機から出てくる音は全て知っている積もりだったのだが、とにかくその音はそれらとは全く違っていた。 何れは欲しいと思っていたし、当時の私にとってはとても手が出ない程高価な高級機…現在でも高値で売買されているそれらが、全くゴミだと思えるほど、信じられない程自然な音質に、とにかく震えが来る程感動したのである。 「どうにかしてこの音を自宅で出したい」即座に弟子入りをお願いした私に、氏は自分の経歴を話された。 大手電機メーカーで設計を担当されていたのに、自分が納得できるオーディオをやりたいという理由から定年を前に退職された事。 自分が納得行く音が出たら、いつ死んでも良いと考えている事。 音楽を聴くという行為は、自分にとってそれ程重要な事だと言われたのだ。 私は、氏の言動に鬼気迫るものを感じ、人間をそこまで引き付ける要素を持つ「音楽」に対する考え方と、人生観まで変わってしまったのである。 |
それから当分の間、週に2回は呉市へ通う事となった。 仕事が終るのが午後7時だから、氏宅へ付くのは8時半くらいだ。 それから音楽を聴きながら、何故メーカーの製品がその様な音が出ないのかを教えて下さるのである。 時には、態々良い音で鳴っているアンプやネットワークのパーツを取替えたり、方向 を逆にしてどう変化するのかを実証検分して戴いた。特に方向性については、いくら良いパーツを使ってもそれを管理しなければ何の意味も無い。 現在のメーカーはそれを無視しているから一台ずつの音が違い、実在感の無い音に なってしまう。氏が会社を辞めたのは、正にそれが原因であったと言う事に私は気付いたのである。 そんな事を夜中の1時くらいまで行い、それから帰宅して早速検証してみるのだか ら、寝る暇など有りはしない。しかし、若かった所為も有るだろうが、眠いとか辛いとか思う様な事は全く無かった。 いや、むしろ嬉々としてそれをやっていた様に思う、それだけ位相の揃った音楽を聴く喜びが大きかったと言う事なのだ。 そうこうしている内に、会社のオーディオ担当者が自宅へ遊びに来た。 彼は不恰好な自作の装置に怪訝そうな顔をしながら、持ってきたレコードをかけてく れと言った。しめしめ、いつもメーカー製の高級機を自慢していた奴に一泡ふかせる時が来た!と、私はほくそ笑んだ。 しかし、苦労して組み立てた装置を、そう簡単に聴かせる訳には行かない。 私は延々と部品の説明を始めたのである。 職場にはパーツが溢れていたし、見慣れた部品の説明などどうでも良いから早く聴か せろと言わんばかりの彼を見るのは楽しい。 そろそろ聴かせてやろうかと、針を下ろした瞬間!彼の顔色が変わったのを、私は今でもハッキリ覚えている。聴き慣れたレコードに針が下りたそのパッツという音から違うのだから、それは無理もない。 それから朝方までオーディオ談義に花が咲いたのは言うまでも無いが、彼とは旧知の仲である様に親しくなってしまった。 このシステムを売りたいから作ってくれと言う彼に、毎週土曜日に試聴会を行う事を約束させたのである。 スピーカーはALTEC604-8H(38cm同軸2Way)にオンケンタイプのマルチダクトエンクロージャー、アンプはマッキンタイプのプリアンプに845シングルパワーアンプ、ケーブルはモガミと決め、毎日仕事が終ってから夜中まで、彼に手伝わせて2ヶ月掛かりでそれを完成させた。 |
![]() 果たして、試聴会は大盛況であった。 しかし、仕上がったばかりの装置だからエージングも効いてない。 高級機を使っている顧客が、レンジが狭いとか癖が強いとか文句を言っているのを尻目に、文句が有るなら2週間後に言ってくれと言い切った私に、担当者は慌てふためいていた。 一年取った顧客から見れば、この若造が何を言ってるんだと思ったに違いない。 当時はCDプレーヤーが無かったから、エージングはもっぱらFM放送で行った。 放送の無いときはザーというホワイトノイズなのだが、これが結構良かったと記憶している。 エージングが効いてきたかどうかは、このホワイトノイズの質で解るのだ。 ザーという濁った音がシーに変わり、最後にはサーという自然な音となる、そのサーという音を聴きながらほくそ笑んでいる私を見て、担当者は怪訝そうな顔をしていた。 一週間後(約200時間)にアンプ類が落ち着き、スピーカーはやはりさらに一週間後に落ち着いた。 レンジが狭いと言っていた顧客は、ローエンドからハイエンドまで伸び切った音に黙ってしまい、癖が多いと言った顧客は、クラシックからフュージョンまで何でもこなす様に、これも黙ってしまったのである。 それからは、担当が受けた注文をこなす為に忙しい毎日となった。 朝10時から仕事(通常の)を始め、午後7時に仕事が終ってから作業を始める12時ころに終って家に帰り、朝3時ころに起きてネットワークのコイルを手巻きするといった生活を何年も続けた。 売価から部品代を差し引いた利益の中から、会社へ手数料として4割を払い、自分が6割を取っていたのだが、それは自分の給料を軽く上回っていた。 手の掛かる作業の時に手伝ってくれる担当やお客さんとは、お礼の意味でよく飲みに行ったし、自分が欲しかった高価な部品や計測器、スピーカーユニット等をかなり購入したものだが、それでもかなりの預金が出来ていた。 それが現在の商売の資本金となったのだから「好きな事を一生懸命にやる」と言う事は、凄い事ではある。 |
![]() そうこうしている内に、毎週土曜日に試聴会を開いている事を聞きつけて、様々なメーカーや輸入代理店がアンプなどの新製品を持ち込む様になった。 他店では良い結果が出ているのだろうから、皆自信たっぷりにやって来るのだが、結果は散々な目に会ってすごすごと退散してしまう。 毎月4回として5年はやっていたから、240回もそんな場面に出くわした訳だ。 最初の内は、私が部品の方向性について詳しく説明していたのだが、その内お客さんが代弁してくれる様になったから楽にはなったのだが、ガレージメーカーや自作派がやって来る様になってからはそうは行かなかった。 それぞれ主義主張が有って、自信たっぷりでやっては来るものの、散々たる結果となってしまい、他の部分が原因だと怒って帰ってしまう者も多かった。 つまり他では良い結果が出るのに、ここだけがこんなに悪いのはスピーカーの所為だと言うのだ。しかし、全ての結果が悪かった訳では無い! 音色は別として、マランツやマッキントッシュの管球アンプでは少なくとも音場や楽器の位置関係がちゃんと出ていたのである。 それでは、良い例を述べよう! 日本マランツがMARANTZ#7 #8B のキットを販売したのを覚えておられる方は多いと思うが、オリジナルと比べて音に関わる部品が違っていたのは主にコンデンサーである。 オリジナルのカップリングには、公害問題で使えなくなったPCBの入ったオイルコンデンサー(製品名オレンジドロップ)が使ってあり、キットにはメーカーは同じだがフィルムコンデンサーが使われていた。 大半の人がオリジナルとキットの音の差はオイルコンデンサーとフイルムコンデンサーの差によるものだと早合点してしまっていたのだが、確かにその差は大きかったが問題はそれだけでは無かった。 当時はボリュームの材質や電源の整流回路がセレンからシリコンダイオードに変わっている点などを上げる人が殆どであったが、それらは当時ならまだ手に入ったのだから交換すれば済んだ訳ではないか? 例えそれらの部品を交換したとしても、オリジナルと鳴り方が違っていた最大の原因は、紛れも無くカップリングコンデンサーの方向性管理なのである。 マランツオリジナルのオレンジドロップ、マッキンオリジナルのブラックビューティーには巻き終わり側にラインが入っており、必ず巻き終わり側から巻き始め側に信号が流れる様に使ってあるのだ。 しかし、それを守らずにメンテナンスされた物は、例えオリジナル機器で有ってもデタラメな音場と左右の位相の狂いによるレンジの変化となって耳に届いて来るのである。しかし、「その差は計測器には現れない」から始末に悪い。 部品の方向性については、メーカーの技術屋さんであっても否定する人は多い。 では、何故なのだろうか? 計測しても差が出ないからと言う様な人は論外として、ステレオ音源を耳で聞く限り、信号の通過経路にあるコンデンサーやコイルには必ず方向性がある。 コイルは認めるけれども、コンデンサーは認めないという人も多い。 しかし、積層コンデンサーは別として、巻いてあるコンデンサーの等価回路には必ずコイル成分が有る事を、その人達はどう説明するのだろうか? もう一つ良い例がある。 現在ではもう存在しないので、書いても問題ないと思うから書いてしまうが、それはLUXKITである。 同社のキットは、安くて音が良かったので随分流行った。私が感心したのは、カップリングのフイルムコンデンサーにマジックでマーキングしてあり、説明書に方向性を管理する様指示してあった事である。 ここで大事な事は、部品メーカーがフイルムコンデンサーの巻き終りにマーキングを付けなくなった事と、それを製造後にチェックしてマーキングしてあったと言う事だ。 それは、視覚的には判断できないのだから、多分私と同じ方法でチェックしていたのだろうと思う。何故そこまで手間の掛かる事をやっていたのか?それは音質に重大な影響を及ぼすからに他ならない。 逆に言えば、オーディオ機器の音質を悪くしたのは、紛れも無く巻き終わりのマーキングをしなくなった「コンデンサーメーカー」なのである! |
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私は自分の寿命が尽きるまでこの事を発信しようと思っており、アマチュアを中心とした世界的なムーブメントが起きる事を期待している。オーディオファンにとって有益な、この方向性管理が世界的に統一される事を願って止まない。 |
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■終わり■ |
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